
日本人に最も親しまれている童謡に「赤とんぼ」があります。子守娘にせおわれた幼時を
想った詞の根底には、作者の三木露風の母である「かた」さんへの愛がこもってます。
かたは 、女性参政権運動を行い、人々のために人生を捧げた新しい考えの女性でした。
かたは、15歳で兵庫県のたつの市に嫁ぎ、長男と次男を授かりました。
明治28年に、節次郎との離婚を言い渡されたかたは、
「お母さんはちょっと鳥取に行って来るからね」という言葉を残し、
当時6歳の露風と離れ離れになってしまいました。
そして、記者と再婚しました。イギリスで見聞した第一次大戦終了時の女性参政権運動や
禁酒運動の様子を伝えた夫の手紙は 、かたの後の活動に大きな影響を与えます。
その後、89歳で永眠しまして、お通夜にきた露風は「通夜をお母さんと一緒に寝かせておくれ」と頼み、
露風73歳にして、悲願の母との添い寝を果たしました。